肝硬変マニュアル〜余命宣告と「死」について〜


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肝不全と余命宣告-余命宣告と「死」について-

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余命宣告と「死」について

「死」についての考えは、宗教的な思想や人生観などで人それぞれ違うと思います。しかしほとんどの人が「死」について考えたとき、「死」というものに恐怖を覚え、可能な限り「死」とは遠ざかりたいと考えると思います。しかしながら普段私たちは「死」とは無縁のような当たり前の日常生活を送ってしまっています。「死」の多くは突然やってくるのです。余命宣告を受けた人は、まだ自分が予測できる「死」に抗える時間の猶予があり、なおかつ治る可能性も秘めているだけ、本当は幸せではないのかと思うときもあります。

死にたくない。その為には苦しい闘病生活になろうと歯を食いしばりながら耐え抜き、その先にある「生」を願います。それは本人だけでなく、周りの家族や友人も同じ気持ちで居ます。

私の父は肝硬変から肝臓がんへと進行し、余命3ヶ月の宣告を受けた直後わずか3週間で亡くなりました。父のいまわの際の一言が「まだ生きたい、死にたくない」だったそうです。人には決して弱いところを見せなかった厳格な父のこの言葉を母から聞いたときは、息子の私にとって衝撃的で今でも鮮烈に覚えています。
しかし、私個人としては父は幸せだったのだと思うようにしています。最愛の妻に看取られながら子供の前では弱いところを見せずに死ぬことを分かりながら逝けた。他人の「死」と比べるのも本来おかしいのかもしれませんが、自分の「死」を予測できずに無念のまま亡くなった人とは、雲泥の差ではないでしょうか。と私はこう考えます。

実際に平和な日常生活で「死」を身近に考えることは非常に難しいことですが、父の「死」で私はいつ自分が死んでもいいように日々を生きる努力をする術を学びました。
余命宣告を受けた人もそうでない人も、同じように自分の人生を精一杯生きられるようになってくれることを願います。

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